お寺

西福寺について

○由縁

西福寺は、熊本市中央区小沢町にある浄土宗の寺院です。東光山了雲院と号し、本尊に阿弥陀三尊をお祀りしております。

西福寺の創建には、熊本藩第2代藩主・加藤忠広の正室、崇法院(すうほういん)の存在が深く関わっています。

崇法院は、慶長7年(1602)に会津藩主・蒲生秀行と徳川家康の三女・振姫の娘として生まれました。慶長18年(1613)に伯父・徳川秀忠の養女となり、慶長19年(1614)に加藤忠広へ嫁いだ、徳川・蒲生・加藤の三家に縁を持つ姫君です。

『肥後国誌』によれば、崇法院は浄土宗の僧・釈誉上人に帰依し、阿弥陀三尊像と二十五菩薩像を寄進しました。これを契機に、釈誉上人を開基として西福寺が建立されたとされています。現在の本尊も、その整った姿から、崇法院が寄進したものと考えられています。

阿弥陀如来は人々を極楽浄土へ導く仏であり、二十五菩薩は阿弥陀如来とともに臨終の人を迎える姿を表します。これらの仏像の寄進には、崇法院の深い信仰が込められていたと考えられます。

西福寺はその後、加藤家の庇護を受け、加藤忠広から寺領50石を与えられ、境内1反6畝24歩を免許地とされました。また、徳川秀忠を祀る台徳院殿、崇法院の母・振姫を祀る正清院殿、加藤忠広の母・相高院殿、崇法院の父・蒲生秀行を祀る弘真院殿、蒲生忠郷を祀る見樹院殿など、加藤家と縁の深い徳川・蒲生両家の人々の位牌も安置されました。西福寺は、これらの家々の縁を結ぶ祈りの場として大切にされたことがうかがえます。

一方、西福寺の歴史は加藤家の時代に始まったものではありません。境内には、明応8年(1499)の阿弥陀三尊来迎図板碑と、享禄2年(1529)の阿弥陀如来板碑が残されています。これらの板碑は、西福寺の創建以前からこの地で阿弥陀信仰が営まれていたことを示しています。

また放牛第90体目の石地蔵があり、境内墓地には加藤清正の家臣・井上大九郎の墓、細川家子女や藩士の島井家の墓、藩絵師・矢野雪叟、良勝、良敬の墓なども残されています。

江戸時代には筑後国久留米善導寺の末寺となり、正徳5年(1715)には49代遊行上人・一行が止宿したことも記録されています。

このように西福寺は、室町時代以来の阿弥陀信仰を受け継ぎ、加藤家の庇護のもとで発展してきました。崇法院をはじめ、加藤・徳川・蒲生の各家、そして地域の人々が寄せた祈りは、四百年以上の時を経た現在も、本尊や板碑、墓碑などとともに受け継がれています。

○仏像

阿弥陀如来像(熊本城本丸より寄進) 

 

十一面観世音菩薩(観音さま)  

   

放牛地蔵    九十体目

○史蹟

庚申塔  九州内最古。全国七番目に古い塔で、学術的に貴重な史蹟です

庚申塔(こうしんとう)
庚申塔とは庚申信仰によって造塔されたものです。

庚申信仰は61日目に一巡して来る庚申の日に、人の体の中に住む三尸虫が睡眠中に体から脱出して、その人の悪事を天帝に告げるというものです。場合によっては寿命が縮められるとあって、人々は夜を徹して祭祀をしました。普通グループで祀り、3年あるいは7年なり庚申待ちを行った後に庚申塔が造立されました。

西福寺の庚申塔は、高さ約135cm、底辺の幅68cm、最大幅74cm、厚さ11~14cmの自然石でできており、正面中央に阿弥陀三尊が線刻されています。三尊とも飛雲に乗り、向かって右方向への早来迎の姿です。弥陀は二重の円光背と短い線光背を頂き、上品下生の印相を示しています。この碑のように庚申構-結衆として三尊を刻むのは珍しい。
西福寺は慶長年間(1596~1614)に創建されましたが、この庚申塔は明応8(1499)年のものでここが加藤清正時代よりも古く、鹿子木氏の時代から開けていたと思われる。

井上大九郎の墓  加藤清正の重臣

清正公の重臣(鉄砲頭)で、大九郎が亡くなった10日後に加藤家は改易されました。

細川候廟所

細川七代宗孝候の生母。十四代護久候の生母。十五代護成候の生母。(映心院殿・ 光含院殿・臨泉院殿・興願院殿・慈雲院殿)                  

○矢野雪叟、良勝、良敬の墓   細川家おかかえの絵師。                                       ○自松軒首藤久喜麿の墓     肥後狂句の元祖                                                                                                 ○自松軒露好の墓        肥後狂句第二世  

○什物                                                                     ○黒印書      細川候代々の殿方からの寄進録                                           ○写経       細川清凉院殿の自筆(阿弥陀経 十無尽戒品)                                   ○挟箱       九曜金紋付 細川光会院殿寄進                                                   ○鎗        九曜金紋付 細川光含院殿寄進